家庭でできる自己治療

呼吸のしかた

  人は、不安を感じたり、なにかを怖く思ったりするとき,知らず知らず呼吸が浅く速くなっています。それは脳にたくさんの酸素を送るためなのですが、この状態が長くつづくと、血液のなかの二酸化炭素が減ってしまって、頭がボンヤリして、めまいや息苦しさを生じます。

  こんなときに、気持ちを落ち着けようとして大きく息を吸ったりしたら、二酸化炭素がさらに減って、ますます息苦しくなってしまいます。むしろ、息を吸うことよりも、息をゆっくり吐くことに意識をおいて、普段の穏やかな呼吸を回復するように努めなければなりません。「小さく吸って、大きく吐く」の要領で、以下の呼吸法を試してみてください。

  まず、椅子に座って、上半身を少し前に傾けます。それから、静かに軽く息を吸います。口を閉じて、鼻から吸うぐらいで十分です。息を止めて、2〜3秒ほど待ってから、 口を開けて、ゆっくりと息を吐きます。これを、くりかえしましょう。

力の抜きかた

  心をリラックスさせるためには、まず体の緊張をほぐすことが必要ですが、体の力を抜くのにも要領があります。

   まず格闘家が自分に気合を入れるときのように、自分の胸のまえで両手の拳を握りしめて、体全体に思いっきり力をこめてみましょう。そして5秒数えてから、一気に体の力を抜いてみます。これを3〜5回、繰返してみると良いでしょう。

注意のそらしかた

  ひとたび、不安を感じると、どうしても不安のことばかりを考えてしまいます。そして、不安について考えることで、さらに不安が強くなるという悪循環におちいります。

  そこで、自分の不安から注意をそらすことが必要になりますが、これが案外と難しい。仕事のことや、家族のことなどを考えようとしても、まるで不安に魅入られたように、なかなか不安から注意をそらすことができません。

  まず、身近にある物に意識を向けるようにしましょう。机の上においてある物とか、部屋の壁にかかっている物、窓の外に見えている物などを見て、その物の名称を、心のなかで言葉として言ってみましょう。「ペン」、「海の絵」、「大きな木」といった具合です。

  仕事や家族などの複雑なことがらよりも、単純な物体に意識を向けてみると、案外とたやすく、不安から意識がはなれていきます。

「ひらきなおり」は禁物

  人前での緊張を心配するひとのなかには、会議や集会でスピーチをするときに、わざわざ冒頭に「わたしは緊張するタチなので・・・」と言う方がいます。あらかじめ宣言しておけば、かえって緊張しないですむのではないかと期待されているようです。また「笑われるよりは、笑わせてやろう」と考えて、スピーチの冒頭に無理なジョークを発する方もいます。しかし、こうした試みはたいてい裏目にでて、かえって緊張が高まってしまうことが多いようです。

   「ひらきなおり」というものは、けっして対人的な緊張の解消にはつながりません。むしろ自分に与えられた役割を、その最低限のところでしっかりとこなすという気持が必要です。また、周囲の人たちは、そういう態度に好感と安心感をもつものです。

聞き上手のすすめ

  人前での緊張に悩んでいると、人との談話や雑談の最中にも、自分がなにを、どう話すかということばかりに意識が集中してしまうものです。このため律義に相槌をうっているものの、話の内容は聞き取れていないことが多いようです。

  いっそ「話し上手」よりも「聞き上手」を心がけてみてはどうでしょうか。

  会議やミーティングのなかで複数の発表者がいるときなど、自分の発表の順番を待つ時間は辛いものです。このときにも発表予定の内容をこころのなかで復唱したり、気がかりな部分を改めたりするのではなく、他の出席者の発表を注意して聴くようにしましょう。人の発表に感心したり、疑問をもったりしながら、自分の順番をむかえることができれば、不必要な気負いもなくなります。

「立て板に水」は無用

  上手にそつなく話すことと、相手にとって聞きとりやすく話すこととは、同じではありません。

   披露宴のスピーチなどの場合、多少、言葉につまったり、言いよどんだりしたとしても、聞く人にとってはべつに不快なことではありません。むしろ、歌舞伎の口上のような、「立て板に水」の話し方こそ、和やかな雰囲気のなかではかえって聞きづらく、聞く人たちには、ただストレスばかりがたまることでしょう。

  「上手に」とは考えず、ただひたすら「聞きやすく」と考えて話していると、ゆっくり呼吸をするのと同じ自然なリズムが身についてきます。

他人本位のすすめ

  自分の考えを表現できない、自分の意志を主張できないと悩む人がいます。しかし、表現や主張ができなくてくやしいと思っていると、そのくやしいという感情の方は、しっかりと態度や表情に現れているものです。本人は相手に気を使って、控えめにしているつもりなのに、知らないうちに、相手に不快な印象を与えてしまいます。

  あまり表現や主張ばかりにとらわれず、一度、人の考えや意志をまず尊重して、人の期待にそうことだけを考えて、他人本意で行動してみてはどうでしょう。

   人の期待にこたえることを第一に考えたとしても、べつに相手に負けたことにはなりませんし、相手よりも劣位になるわけでもありません。くやしく思う必要はないのです。

他人に興味津々

  人前での緊張に悩む方には、「人の噂話はきらい」「蔭で人の悪口を言うのはイヤ」と言う方が多いようです。これ自体は正しい生き方なのですが、なかには、そもそものはじめから他人に興味や関心の乏しい方もいるようです。

   人によっては、他人の思想や仕事ぶりについては批評的であっても、他人の人柄や生活ぶりについては、とんと興味や関心がわかないようです。

  もっと自分の周囲の人たちに、生き生きとした興味をもち、溌剌とした関心をもつことができるなら、他人と話しをしていても、相手への質問や感想が、意識しなくても自然に口をついて出てくるのではないでしょうか。

   人間に興味津津(しんしん)、それが、対人緊張の最良の治療のようです。